「"考え方"は人それぞれだ」っていう"考え方"について

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これってどうなんでしょうか。

よく聞きますよね。twitterとか2chとか、後は会社とかでもたまーに。

話し合いをしていたら、だいたい出てきますよね。

 

「考え方は人それぞれだ」。うん、たしかにその通りかもしれない。

 

例えば、自分は犬より猫の方が可愛いと思っていても、他の人は犬の方が可愛いと思うかもしれない。

人はみなちょっとずつ価値観が違っていて、だから、争うのはよくない。戦争なんかもっての他だ!!!

 

人がみな価値観の多様性を認め合うことで、世界は平和になる。なるほどたしかに。

 

ただ、これずっと中学ぐらいの頃から自分ずっと思ってたんですけど。

 

考え方は人それぞれだっていうのも、結局は考え方の一つなんじじゃね。

 

っていう疑問がどうしてもあったんですよ。そして、大人になってからもこの疑問は消えなかったです。

 

という訳で、今日はちょっとこれについてちょっと考えてみました。

 

漫画とかでもよく使われているよね、これ。

 

漫画とか、アニメとか、そういった二次元の創作の中で、「価値観は人それぞれだ」って主張しているキャラ(だいたい見方キャラ)っていますよね。

 

分かりやすくて有名なもので言うと、ワンピースの青雉なんかがそうですかね。

 

特に最近の漫画に多い気がします。

 

勧善懲悪っていうジャンルの漫画ってあるじゃないですか。

 

ドラゴンボールとかがそうですね。

 

そういうのって、「一方的に悪を懲らしめているだけで、相手の主張なんて聞きもしない」っていう感じで批判されることが多いですよね。

 

批判されると同時に、そういう漫画の悪役には多数の同情が寄せられて、悪役の人気が高まっていく。そういう傾向もあると思います。特にネットの世界では、悪役の方が主人公よりも人気があることが多いです。

 

それで、そういった漫画が批判されてきたから、今では勧善懲悪を止めて「考え方はひとそれぞれだ!」っていう結論を出すようにしている漫画が増えましたね。

 

しかしこれが結論ってどうなんだ? ありなのか。

 

こういって漫画とかの影響もあって、「考え方は人それぞれだ」って結論を出すのが、さも絶対的に正しいという概念が生まれてきているような気がします。

 

何かを主張すると、すぐこの言葉を言われて、終わらされてしまうこともあります。

 

でもさあ、この結論をすぐに出されたところで、

 

で? 

 

って感じなんですよね。

 

なんも解決してないんですよね。

 

考え方は人それぞれだって結論を出した所で、何の発展もないんですよ。

 

じゃあ次はどうしようっていうのが一切見えてこないんです。

 

考え方は人それぞれだ。だから話し合いをして解決しようってことなのかもしれませんけど、話し合いをするからには、結局はどれが正しいのかを探らないといけない訳です。

 

じゃあどうするのか。

 

考え方は人それぞれといきなり結論づけるのではなく、とりあえず言い争ってみる。そして、言い争っている中で、同じようなことを相手も向こうも言い始める、ようは話がループしてきたら、そこでようやく、「考え方は人それぞれだね」って結論を出すべきだと思います。

 

考え方は人それぞれだってことで結論づけた方がよいときもあります。議論がどうしても終わらない場合とか。後は戦争で犠牲者が出続けているときなんかも同じく。

 

しかし、なんでもかんでも、この結論で議論を早々と終わらせてしまうのは流石にどうかと思いますね。

 

考え方は人それぞれ、っていうときって、大概自分が不利な状況のときなんですよね。

で、そういう言葉を使う人に限って、他の部分では、これはこうだって決めつける考えを持っていたりする。

 

なんでこのセリフを言うのかっていうと、自分は客観的に見ている人だって、思われたいからだと思うんですよね。

考え方はひとそれぞれっていうのも結局は考え方の一つな訳ですから、全然客観的じゃないですよ。

 

人それぞれなのは前提であって、結論としてそれは使うのはどうか、って思うんですよね。

どうしても、って場合のみ、仕方がなくそう結論づけるべきだと思います。